2本の傘。
広げる間もなく、差し出し寄り添ってくれる。
優しくせずにはいられないなら悲しい。


「最後くらい、俺が」
送ってくれるというのを頑に断わった。
(こんな日に真っ直ぐ家には帰れないよ)
手にしている切符が、いつもと違うことに気付く。
ああ、同じ気持ちなのかもしれない。


地上に出ると、雨は一層強くなっていた。
突然の夕立に途方に暮れている人々、なす術なく軒下でそれぞれ前を見ている。
(困った…行くところがないなぁ)
ただ人を避けて歩く。
傘なんて意味がない。
気付くと、あの喫茶店が、目の前にあった。
あのときあんなに迷って、結局辿り着けず諦めた。
ねぇ、覚えてるかな。
何度筋を折れたかしれないよね。
こんなことがあるんだね。


アイスコーヒーを長い間待った。
こんなに美味しいコーヒーは飲んだことがないと思った。


何時間過ごしただろうか。
客が私一人になるとおばあさんが話しかけてくれた。
昭和21年、大東亜戦争、B29
「今日ここに来てよかったです。すごく落ち着けました」
おばあさんは何度も頭を下げて、外まで私を送ってくれた。


ここで一緒に時間を過ごしたかった。


美味しいものを食べたらきみにも食べさせたいと
きれいなものを見たらきみにも見せたいと
音楽に感動したらそれをきみにも聴かせたいと
こんなとき、きみならどうするだろうか
きみならなんて言うだろうか
変わらないよ。





恋をやめたら近づける。


でも、恋がなくなったら触れられない。