湯船に浸かりながら、包丁がまな板を叩く音を聞く。
午後10時を回るというのに、母はグラタンを作りフライを揚げる。
バスタオルを巻いて二階へと駆け上がり急いで着替える。
父はもうビールを一杯やっている。
家族揃って食卓を囲む。


大人になりたいと思った。


私は平凡だ。
一日は長く、一週間はあっという間に過ぎ行く。
季節が巡る。
今年もあと少しで終わる。


生活に追い立てられている両親を、
「こんな人生でこの人たちはいいんだろうか」
何もしていない娘は傍観しながら悲嘆する。
母がまだ日も暮れたばかりのようなきちんとした食卓を整えるから、
父がお金にならずともそれでも働くことを投げ出さないから、
この家は回っている。


どんなに疎ましく思おうとも、母のつくるご飯は悔しいけどおいしくて、
空腹が満たされるだけではない不思議な変化があった。
まだ学校に通っていた頃、帰宅が毎晩11時を回っても、
取り置きしてある夕飯に箸をつけた。
その時間、外での疲弊も昂揚も、すべてフラットな状態に戻される気がした。


いつか、こんな夕飯を用意できるようになりたい。
できれば誰かのために。
だから大人になりたい。